大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和37年(ネ)568号 判決

控訴人 国

訴訟代理人 上野国夫 外一名

被控訴人 伊藤正一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

控訴指定代理人は、原判決中控訴人の敗訴部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出援用、書証の認否は、控訴指定代理人において、次のとおり補足陳述した外、いずれも原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(一)  一般に、買戻の特約につき、買戻代金を売買代金より多額に定めて、これを登記しても、売買代金を超過する部分は、買戻代金として絶対的に無効であるから、売買当事者間においては勿論、買戻権を譲り受けてその登記を受けた第三者も亦、不動産所有者に対し、実際に支払われた売買代金と同額さえ提供すれば、買戻権を行使することができるものと解せられている。

(二)  これを本件にあてはめて考えるに、被控訴人と訴外佐藤芳市間の買戻の特約付亮買は、通謀虚偽表示による無効のものであるけれども、被控訴人は善意の第三者に対しては、その無効を主張することができない関係にある。けれとも、右のことと、実際において、売買代金が何程支払われたかと云うこととは全く別の問題である。すなわち、買戻権を行使するには、「買主が支払ヒタル代金」を不動産所有者に提供しなければならないことは民法第五七九条の明定するところであるから、本件においては被控訴人が買戻権者として訴外佐藤昇に対して買戻権を行使するには、訴外佐藤芳市(右昇の被相続人)が被控訴人に対して実際に支払つた売買代金と同額を提供しなければならない。しかるに、本件においては、売買当事者間においては、実際に売買代金の授受がなかつたのであるから、被控訴人は訴外佐藤昇に対して、何等の金員も提供することなしに買戻権を行使することができるものと云わなければならず、かかる買戻権は、民法第五七九条の予定しなかつたものであつて、かかる買戻権の行使によつては、何等の効果も生じないものと解せられる。

(三)  以上の理由で、仮に被控訴人主張の如く、買戻特約事項の登記を遺脱したことが登記官吏の過失であつたとしても、右登記の遺脱の有無にかかわらず、本件買戻特約自体が具体的に何等の効力を有しないものであるから、その有効であることを前提とする被控訴人の本訴請求は失当である。

理由

当裁判所の判断によるも、原判決の認定する範囲内において、被控訴人の請求は正当として認容し、その余は失当として棄却せらるべきものと考える。その理由は、次の点を附加する外、原判決の説示するところと同一であるから、その理由記載を引用する。

当審における控訴人の主張について判断するに被控訴人と訴外亡佐藤芳市との間においては、本件売買契約も、買戻の特約もともに通謀虚偽表示による無効のものであることは、原判決の説示するとおりである。しかし、本件売買契約において物件の所有権移転登記の外に、買戻の特約の登記が経由せられていたとするならば、被控訴人は、本件買戻の特約を善意の第三者に対抗できる筈であり、したがつて、本件物件について抵当権の設定登記、ならびに、停止条件付代物弁済契約による所有権移転の仮登記を受けた訴外小田中常雄、及び、本件物件に対して強制競売の申立をなした訴外東洋製粉株式会社、ひいては、その競落許可決定を受けるべき善意の第三者に対しても、これを対抗し得ることとなろう。とすれば、本件買戻の特約の登記後において、右の抵当権設定契約、停止条件付代物弁済契約は、ともに、おそらく締結せられなかつたであろうし、また、本件物件に対て強制競売の申立も亦、おそらくなされなかつたものと考えられる。そして、民法第五八一条第一項に云う買戻代金は、真実の売買をなした当事者間においては、勿論現実に支払われた代金と同額であるけれども、本件におけるような虚偽表示による売買においては、善意の第三者に対する関係においては、成立に争のない甲第二号証により認められる如く、不動直の価格として金五三五、一五二円と表示されてある以上、同金額をもつて売買代金と認める外なく、従つて本件売買代金も亦、善意の第三者に対する関係においては、右と同額と認めざるを得ない。それ故に、本件買戻の特約が登記を経由せられていたとすれば、被控訴人は、善意の第三者に対しても右特約を対抗することができ、右金五三五、一五二円および契約の費用を提供して本件売買契約を解除し、本件物件の所有権を自己に回復することができるものと云わなければならない。結局、本件買戻の特約についての登記の遺脱の有無は、第三者に対する関係において、被控訴人にとり重大な法律上の利害関係があるものであつて、控訴人の当審における主張は到底採用することができない。

よつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九五条、第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 山口正夫 神谷敏夫 丸山武夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例